ある日突然、顔の表情が作れなくなった、笑えなくなった、自分の顔が鏡の中で左右非対称になっていた——そんな症状に気づいたとき、誰もが不安を覚えるでしょう。多くの方は「顔面神経麻痺=ベル麻痺(片側性)」と考えがちですが、実はもっと深刻な背景疾患が隠れていることがあります。そのひとつが、「ギラン・バレー症候群(GBS)」です。四肢の脱力やしびれを伴いながら、顔の筋肉が左右両側とも麻痺してしまうケースや、四肢麻痺のピーク後に遅れて顔面麻痺が出現する「遅発性顔面麻痺」など、GBSにはさまざまな顔面神経障害のタイプが存在します。本記事では、GBSと顔面麻痺の関係をわかりやすく、そして医学的根拠に基づいて詳しく解説します。
第1章:ギラン・バレー症候群とは?
ギラン・バレー症候群は、自己免疫の異常によって末梢神経が障害される病気です。発症すると、数日から数週間のうちに、手足が徐々に動かなくなったり、感覚が鈍くなったりするのが特徴です。もっとも多いのは「急性炎症性脱髄性多発ニューロパチー(AIDP)」と呼ばれるタイプで、脱髄とは神経を取り巻く「絶縁体」のようなミエリン鞘が壊れてしまう現象です。これが神経伝達の障害を引き起こし、筋力低下や感覚障害として現れます。
第2章:顔面神経麻痺がGBSで起こる理由
GBSは「四肢の病気」と思われがちですが、実際には顔面神経、咽頭・舌・外眼筋など、頭部の運動神経にも障害を及ぼします。特に顔面神経は、GBS患者の約50%に何らかの異常が現れる部位であり、左右両側の顔面が麻痺することも珍しくありません。これは、免疫系が神経のミエリン鞘を攻撃することで、電気信号の伝達が阻害されるためです。
第3章:両側性顔面神経麻痺(FDP)とは?
両側の顔が同時に麻痺する「顔面二側性麻痺(Facial Diplegia)」は、非常に稀な症状です。一般的なベル麻痺と異なり、左右の目が閉じにくくなったり、口角が両側とも垂れ下がったりします。発症初期には四肢に異常が見られないこともあるため、単独でFDPが出現した場合には見逃されやすいのが課題です。医師の間でも「FDPはGBSの顔面型」として認識されつつあります。
第4章:遅発性顔面麻痺の存在とその危険性
興味深いのは、四肢の症状が出てから数日〜1週間後に顔面麻痺が遅れて出現する「遅発性顔面麻痺(Delayed Facial Palsy)」という病態です。このタイプは、GBSの6%前後に見られるとされ、免疫応答のタイミング差や神経炎症の進展速度が影響していると考えられています。予兆が見えにくいため、治療が遅れやすく、回復にも時間がかかる傾向があります。
第5章:どのような症状が出るのか?
顔面神経麻痺では、目を閉じられない、笑顔が作れない、発音が不明瞭になる、味覚異常があるといった症状が現れます。GBSによる麻痺ではこれらが左右両側に同時に出るため、食事や会話、さらには表情のない顔への違和感など、日常生活への影響が大きくなります。
また、両側性の顔面神経麻痺では、筋肉の拘縮が起こりだすと口が閉じれなくなったり、会話をしようとすると拘縮の強い方に顔が引っ張られて筋肉の痛みが出ることもあります。
第6章:診断に必要な検査とは?
GBSの診断には、以下のような検査が行われます:
- 髄液検査:典型的にはタンパク質上昇・細胞数正常(アルブミノ細胞解離)
- 神経伝導検査:顔面神経の伝導速度の低下やブロック
- 抗ガングリオシド抗体検査:GQ1b、GM1などの自己抗体を確認
これらの検査によって、末梢神経の炎症性脱髄病変があるかどうかが明らかになります。
第7章:治療方法の選択肢
GBSにおける標準治療は以下の2つです:
- IVIG(免疫グロブリン静注)療法
- 血漿交換(PE)療法
顔面麻痺があっても、全身の進行スピードや呼吸筋麻痺の有無によって治療方針が決まります。早期介入によって回復率は高く、顔面麻痺に限っていえば多くのケースで元の表情が戻ります。
第8章:後遺症とリハビリの必要性
回復はゆっくりですが、顔面神経の再生は可能です。表情筋リハビリ、鍼灸などの補助療法が用いられることもあります。特に口輪筋・眼輪筋の動きが戻るには数ヶ月を要することもあります。表情の左右差が残った場合でも、適切なフォローで改善が期待できます。
第9章:実際の症例紹介
実際の症例では、若年男性がカンピロバクター感染後にFDPを発症し、IVIGで回復した例や、四肢麻痺の後に片側顔面麻痺が1週間遅れて出た中年女性など、さまざまなパターンが報告されています。COVID-19ワクチン接種後に起きたケースも話題となっています。
第10章:まとめ〜早期発見が鍵
GBSによる顔面麻痺は見落とされやすく、発症のタイミングによっては誤診されることもあります。顔面麻痺が片側だけでなく両側に及んでいる、あるいは四肢の異常を伴っているときは、すぐに神経内科を受診しましょう。早期診断と治療が、後遺症のリスクを下げ、元の表情を取り戻す第一歩になります。