
顔面神経麻痺の発症後、多くの方が最初に処方されるのが「プレドニゾロン」に代表されるステロイド薬です。入院して高用量の点滴治療を終えたにもかかわらず、思うように顔が動かない状況に、強い不安を抱いている方は少なくありません。
「薬を飲みきれば治ると思っていた」「なぜ効果が出ないのか」 こうした疑問に対し、医学的なメカニズムに基づいた事実を整理して解説します。標準的な治療の役割と限界、そしてその先に検討すべき選択肢を正しく理解することが、納得のいく回復への第一歩となります。
1. プレドニゾロン(ステロイド)の役割と投与のタイミング
顔面神経麻痺の急性期において、ステロイド薬は最も重要な薬剤とされています。しかし、その役割は「筋肉を動かすこと」そのものではありません。
神経の「むくみ」を抑える消火活動
ベル麻痺やハント症候群では、ウイルス感染によって神経に炎症が起き、側頭骨内の狭いトンネル(顔面神経管)の中で神経が腫れ上がります。ステロイドの最大の目的は、この「神経の浮腫(むくみ)」を抑えることです。浮腫を軽減することで、骨の中で神経が締め付けられる「絞扼(こうやく)」と、それに伴う血流障害(虚血)の悪循環を断ち切り、神経が死んでしまう(変性)のを防ぐことが狙いです。
投与量と「早期開始」の重要性
標準的には、プレドニゾロンを1日60mg程度(成人換算)から開始し、7〜10日間かけて段階的に減量します。完全麻痺などの重症例では、入院してさらに高用量を投与する「ステロイド大量療法(Stennert法など)」が検討されることもあります。いずれの場合も、発症から3日以内、遅くとも7日以内の早期開始が、その後の回復率を左右するとされています。
2. 知っておくべきステロイドの副作用とリスク
ステロイドは強力な効果を持つ反面、高用量を用いることもあり、以下のような副作用に注意が必要です。
注意が必要な主な副作用
- 精神神経症状: 不眠(約40%にみられるという報告あり)、イライラ、気分の高揚などが起こることがあります。
- 糖尿病の悪化: 糖新生を促進し血糖値を上昇させるため、糖尿病の既往がある方は厳密な管理が必要です。
- 消化器症状: 胃潰瘍や十二指腸潰瘍のリスクがあるため、通常は胃薬が併用されます。
- 感染症の増悪: 免疫抑制作用により、B型肝炎ウイルスなどの再活性化のリスクがあるため、事前の血液検査が推奨されます。
その他、高血圧、眼圧上昇、顔のむくみ(ムーンフェイス)などが報告されていますが、短期間の投与であれば多くは改善可能なものです。
3. ステロイドが「効かない」と感じる理由
「治療を終えたのに動かない」のは、薬の失敗ではなく、神経に「深いダメージ」が残っている可能性が高いと考えられます。
10%という境界線(ENoG検査)
発症から1〜2週間後に行う電気生理学的検査(ENoG)で、神経の反応が健康な側の10%以下(一桁)に低下している場合、ステロイドの全身投与だけでは完治が難しく、後遺症が残る可能性が高いと判断されます。これは、炎症は抑えられたものの、すでに神経の電線そのものが断線(変性)してしまった状態を指します。
薬物療法の限界
特にハント症候群や重度のベル麻痺では、初期の炎症が激しく、ステロイドによる「浮腫の抑制」だけでは神経変性を防ぎきれないケースがあります。この段階で顔が動かないのは、薬が効かなかったというより、神経が再生を始めるための長い「復旧期間」に入っていることを意味します。
4. 効果が不十分な場合の「次の一手」
標準的な治療で十分な改善が見られない場合、医学的には以下のような選択肢が検討されます。
専門的な治療選択肢
- 顔面神経減荷術: 骨を削って神経の圧迫を物理的に取り除く手術です。ENoG値が10%以下の重症例に対し、発症から2週間〜1ヶ月以内に行われることがあります。
- ステロイド鼓室内注入療法: 全身投与が難しい場合や効果不十分な場合に、鼓膜から直接薬剤を注入する方法です(ガイドラインでは「弱く推奨」)。
- リハビリテーション: 適切なマッサージやバイオフィードバック等で、機能回復と後遺症の抑制を目指します。
注目すべき点として、重症例に適用される顔面神経減荷術と同様に、標準治療後の回復過程を支える補助的な方法の一つとして、鍼治療が言及されている点が挙げられます。最新のガイドライン(2023年版)でも、回復を促す手段として提案されています。
5. まとめ
ステロイド治療を終えても顔が動かない現状は、非常に不安なものですが、それは神経の損傷度合いに応じた「再生の時間」が必要だからです。
現在の重症度やENoGなどの検査結果を主治医と共有し、現状を客観的に把握することが大切です。「ただ待つ」ことに限界を感じているのであれば、ガイドラインで認められている専門的なアプローチを検討することも、表情を取り戻すための確かな一歩となります。
顔面神経麻痺の鍼灸外来
顔面神経の状態を、耳の反応を通して客観的に捉えるための方法です。
顔面神経の反応を確認する検査の一例
「病院での治療は終わったけれど、顔の動きが戻らない」
「後遺症が残らないかが心配」
私たちはそうした不安を抱える患者さんと40年間向き合ってきました。
当院では、アブミ骨筋反射を確認します。顔面神経は、耳の奥にある小さな筋肉(アブミ骨筋)にもつながっています。
音に対するこの筋肉の反応を確認することで、顔面神経が刺激に反応できる状態かを知る重要な手がかりになります。
この検査には専門機器と解析技術が必要なため、一般的な鍼灸院で行われることはまずありません。 感覚や印象だけに頼らず、今の体の状態を落ち着いて見つめたい方のための情報提供の場として、 ご相談をお受けしています。
参考文献
この記事は、以下の資料に基づき作成されました。
- 顔面神経リハビリテーション(イテルナ出版)
- 顔面神経麻痺治癒への10の鍵(医学書院)
- 顔面神経麻痺診療ガイドライン 2023年版(日本顔面神経学会)
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